江戸番付に見る 越ヶ谷・大沢・大相模不動





諸国豊作競 東之方 前頭二枚目 三斗九升五合 武州越ヶ谷米 


江戸時代に米は越谷地方の最も重要な商品作物で、米商人によって集められた米は藤助河岸など
から江戸に運ばれた。米の品質は地質や気候により評価され、越ヶ谷米はうるち米のほか、もち米の
太郎兵衛もちも良質米に位置付けられ、江戸市場で高い評価を受けていた。太郎兵衛もちは、江戸時
代に将軍家の正月用の餅として献上されたり、明治時代には皇室への献納も度々行われた。





関東自慢繁昌競 安政3年(1856) 武州越谷 武州大沢


関東における交通の要衝や特産品の集荷地を繁盛順に並べている。
大関には高崎と小田原、甲の関脇には川越がありいずれも城下町であ
る。前頭12枚目に武州越谷と19枚目に武州大沢が見え、欄外には飯売
女などの有無の情報も記載され、武州大沢に飯売女の□印が見られる。





関東市町定日案内 武州越谷市 武州大相模不動 


関東全域の市(いち)の開催日を市ノ方(右側)と町ノ方(左側)に分けて紹介し
ている。町ノ方には神社仏閣が並んでいるので、神事・祭礼に伴って開かれる市日
として武州大相模不動が見える。市ノ方では武州越ヶ谷が見え、古記録では『文禄
(安土桃山時代)より毎月二七日を以て市をなし』として、約400年の歴史を刻む





名方鑑 越谷 カチ 仙山かう薬(膏薬・塗り薬)


名方(めいほう)とは薬のこと。江戸時代の薬は漢方薬や和薬が中心で、幕府などから認可された薬か
ら怪しげな薬までさまざまに販売されていた。江戸後期の有名な化粧品で坂本屋の「仙女香」があるが、
越谷で販売されていた「仙山かう薬」は、動物の油脂に薬品を混ぜて練った外用薬(膏薬)と思われる。



江戸時代の薬売屋 錦絵


  錦絵に描かれた薬売屋の屋根看板と掛看板がいずれも大きくて立派 薬の販売の他に書店を兼ねている店も見られる




全国遊廓一覧 武州大沢






諸国遊所見立直段(値段)附 天保2年(1831) むさし大沢 五百文

 
諸国遊所見立直段(値段)付 天保2年(1831)、むさし大沢は五百文で遊べると記されている







天保銭百文×5枚

参考資料
広報こしがや
くすり広告 くすり博物館