寛政丙辰八年(一七九六)八月



寺僧不届に付き晒刑の上寺法にて追放




越谷・天嶽寺の僧徒も捕縛、晒刑のうえ追放





徳川時代御仕置図 晒場があった日本橋付近の雑沓 科人は体に縄をかけられ長時間公衆の目にさらされる




実見画録 僧侶の晒しもの

僧侶の晒しもの
旧幕時代女犯の僧は図の如く日本橋広小路に於て三日間さらされ
しものなり此当時寺僧に対する女犯の処分は左の如し寺持は遠島所
化は晒しの上触頭へ引渡し寺法に行ふ事密夫の僧は寺持所化共獄門












徳川時代御仕置僧家女犯の申渡書







日本橋晒場所小屋掛之図

刑罰詳説 晒場 佐久間長敬著 寛政12年 




日本橋本町付近は往時梟首場の遺趾ならんとは
    




日本橋は御入国の頃は穢多村にて弾左衛門住居ス

 




東京史蹟見物 三越へ行くと穢多臭うなる



参考資料一覧
実見画録録
事蹟合考
刑罰詳説
東京史蹟見物 藪野杢兵衛 中興館書店 大正7年