瓦曽根溜井河畔


引き廻しの上 六本木堤にて所仕置



      六本木付近絵図 1 

   日光道中分間延絵図 文化3年(1809)


左上に六本木 日光道中より瓦曽根溜井に通じる道は観音横丁と称され奥州道の古道
鳩ヶ谷道(赤山道)は新町と中町の境をなす古道 日光道中に架かる橋は源助板橋










 六本木付近絵図 2

西方村旧記付図 文政年間(1818〜1830) 
  
 越ヶ谷宿から左大沢町へ延びる日光道中 元荒川に架かる橋は大沢橋 











越谷市役所を望む現在の六本木堤付近(対岸)

左に中央市民会館〜市役所〜第2庁舎〜埼玉県越谷合同庁舎などが並ぶ葛西用水河畔 



















八百屋お七ガ本説






70歳の八百屋お七 振られた老爺の家に放火 

明治37年(1904)6月21日 読売新聞




徳川時代裁判事例 火ヲ付候モノ




80年後の火焙り 江戸時代の心ある御裁断





徳川時代の梟首の実景





獄門 その1

明治5年の程ヶ谷刑場 笠原伊兵衛なるもの母親うめを商人より購
入せる鼠取用毒薬を以って毒殺したる為獄門に処刑されたるもの
幕末明治大正 回顧八十年 東洋文化協会 昭和9年




獄門 その2

江戸時代の晒首  歴史資料珍奇集 毎日通信社 大正10年