上野公園に大仏様がいた




度重なる受難で再生・復活ならず





上野公園大仏山の上野大仏 明治末期〜大正初期









上野大仏は雨おほひ(おおい)なき濡れ佛
1681年〜1688年


富士石 延宝七 上野の雨にぬれ佛いざ御同坐を桜狩 可躍
花時鳥 貞享元 花の木の間の釈迦天竺の吉野かな 子僮
是等の句 此御佛に雨おほいなきむかしの吟なり



創建時代の寛永寺 (左下に大仏が見える)





江戸名所図会 (右側に大仏殿)





荒涼とした空き地に大仏殿を正面に左に時の鐘 戊辰戦争直後





大仏山に建つ大仏殿 大仏殿は明治6年(1873)に取り壊される





東京上野公園実測図/地理局量地課 明治10年(1877)





大仏付近拡大(右に寛永寺と大仏堂)













第1回 内国勧業博覧会 明治10年8月

主催・日本政府 会場・上野公園 入場者数・454,168人


錦絵 上野公園地博覧会御開業図


上部錦絵大仏部分拡大



第2回 内国勧業博覧会 明治14年3月

主催・日本政府 会場・上野公園 入場者数・823,094人


錦絵 上野 第弐回博覧会之図 河鍋暁齊





桜の花の下に人力車が集う 右が精養軒・時の鐘 左に上野大仏






  
上の絵はがきの拡大 光背が見られる 









明治時代の新聞から上野大仏を見る





風俗画報 東京名所図会 上野公園之部 明治29年9月






東京勧業博覧会案内(上野) 明治40年(1907)4月




案内図右側拡大 大仏殿



東京府主催 大正博覧会 大正2年(1913)4月25日 読売新聞









(東京名所)上野大仏






大仏山の階段を登ると正面に上野大仏





精養軒・時の鐘に沿って鎮座する大仏 光背がない





公園開設後の大仏周辺は大いににぎわった 





大仏の頭光(光背)が無いので大正初期以降の写真





東京史蹟見物 大正7年(1918





千社札の張られた上野大仏 大正11年(1922)





 関東大震災により大仏の御首が落下 大正12年(1923)9月1日





上野大仏の首落つ 毎日新聞





首の落ちた上野大仏は美男におはさず 大正12年(1923)12月





再生に向けての下絵が作られていた大仏様 


大正13年9月 読売新聞



下谷区史 昭和5年(1930)





下谷と上野 昭和7年(1932)





東照宮付近図 





大東京史蹟案内 昭和7年(1932)

  



東京の記憶 上野大仏 平成18年(2016)3月






平成28年3月 上野大仏



参考資料
江戸名所図会
読売新聞
風俗画報
東京史蹟名勝天然記念物記念帖
アサヒグラフ 大正12年
毎日新聞
下谷区史 昭和7年
下谷と上野 昭和7年
大東京史蹟案内 昭和7年
ウィキペディア